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生体モデル膜への物質結合 −結合量と結合位置の自由エネルギー解析−


松林 伸幸(京都大学化学研究所)

リン脂質分子は生体膜の主成分であり(図1)、水溶液中で自発的に二重膜構造を形成することが古くから知られています。脂質膜は、溶液内の「仕切り」として働き、物質分配・輸送に重要な役割を果たします。近年、脂質膜の分子論的研究が進展し、構造やダイナミクスについての原子レベルでの知見が明らかになってきました。この進展には、計算機シミュレーション(主に、分子動力学法、MDと略称、図2に例を示す)が大きな役割を果たしています。しかしながら、物質分配・輸送の鍵を握る量である自由エネルギーの算出には、膨大な時間がかかります。標準的な自由エネルギー計算法では、「中間状態」と呼ばれる、多くの場合に非物理的な状態の計算が不可避であり、通常のMDの数十倍の計算が必要であるからです。自由エネルギー計算の困難が、分子間相互作用から物質分配・輸送現象を理解するうえでの大きなネックとなっていました。
図1:代表的なリン脂質分子であるDMPC(1,2-dimyristoyl-sn-glycero-3-phosphatidylcholine)の分子構造図2:DMPC膜系+エチルベンゼン溶質のMDスナップショット。中心の水色部分がDMPC分子、青い塊がエチルベンゼン、外側が水。


私たちは、この困難を乗り越えるために、新しい溶液理論を開発し、MDと組み合わせることで、高速な自由エネルギー計算法を提案しています。溶液理論との結合によって、上記の「中間状態」の計算を回避するというアイデアです。ポイントは、自由エネルギー計算のための溶液理論を構築する点にあります。新たな溶液理論はエネルギー表示理論と呼ばれます。分子間相互作用エネルギーの情報によって定式化を図ることにより、脂質膜・ミセルのようなナノ不均一系および環境調和型の新規溶媒である超臨界流体の精度良い記述が可能になりました。ここでは、脂質膜やミセルを、ナノレベルで不均一な混合溶媒とみなすことで、溶液理論を適用しています。新しい視点からの溶液理論の定式化によって、界面化学の対象を溶液化学の手法によって統一的に取り扱うことができるようになりました。
図3:DMPC膜系に疎水性溶質を挿入したときの自由エネルギー変化。膜の領域を内側から5 Å毎に分割して、領域I....VIと呼んでいる。図4: DMPC膜系とglycophorin A の膜貫通ドメインとの相互作用。


図3にDMPC膜への疎水性分子の結合の自由エネルギー変化Δμを示します。全原子型のポテンシャル関数から、Δμが短時間で計算できるようになった点が重要です。バルク水内と比べると、膜内部での顕著な自由エネルギー安定化が見出されています。極性・親水性の頭部での安定性は、意外と高いことが分りました。これは、膜外の水の影響です。疎水性の源となる排除体積効果が減退する一方、中距離で作用する分散引力が比較的残存するためです。原子レベルの自由エネルギー解析の理論・計算結果、特に、頭部での分子分布については、最近、対応する実験結果が得られつつあります。図3の自由エネルギー曲線から、膜−水間の分配係数の計算が可能であることも示されました。脂質膜の介在する物質設計への一歩です。


現在は、図4に示すような膜貫通タンパク質の計算を行っています。膜内安定性の自由エネルギー解析、なかでも、水の効果を明らかにすることが目的です。


[図の説明]
図1:代表的なリン脂質分子であるDMPC(1,2-dimyristoyl-sn-glycero-3-phosphatidylcholine)の
   分子構造
図2:DMPC膜系+エチルベンゼン溶質のMDスナップショット。中心の水色部分がDMPC分子、
   青い塊がエチルベンゼン、外側が水。
図3:DMPC膜系に疎水性溶質を挿入したときの自由エネルギー変化。膜の領域を内側から5Å毎に
   分割して、領域I....VIと呼んでいる。
図4: DMPC膜系とglycophorin A の膜貫通ドメインとの相互作用。


化学研究所分子環境解析化学研究領域ホームページへのリンク: http://www.scl.kyoto-u.ac.jp/~yoeki/

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