次世代ナノ統合                           シミュレーションソフトウェアの研究開発
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GTP結合型Rasの構造と機能


(分子科学研究所・理論・計算分子科学研究領域)小林千草、斉藤真司


1.はじめに
図1: 活性型であるGTP結合型のRas(a)と不活性型であるGDP結合型のRas(b)  Rasは細胞増殖に関わる重要なシグナル伝達タンパク質であり、ヒトのガンの約3割がRasの異常と関係している。Rasは活性型であるGTP結合型と不活性型であるGDP結合型の間を行き来することにより(図1)、細胞増殖を制御する。また、GTP結合型には、細胞増殖に対して活性なstate 2に加え、不活性なstate 1の存在がNMR実験により明らかにされていたが、その構造および存在理由については分かっていなかった。本研究では、Rasの構造揺らぎおよび変化がエフェクター結合などにどのような影響を与えるのか、state 1の構造予測、存在理由を明らかにすることを目的とし、GTP結合型、GDP結合型のRasに対してそれぞれ分子動力学(MD)計算や主成分解析を行い、揺らぎや状態間の構造変化を調べた。
 生体内分子の揺らぎや反応状態間の構造変化を調べることは、タンパク質などが関わる生体機能の解析に非常に重要である。そのため、我々はトラジェクトリなどの構造から、揺らぎや配位などの情報を得るための解析用ツールTrajanの開発を並行して進めている。本研究では、Trajanを用いてRasの構造変化と揺らぎに関する解析を行った。


2.Trajanの開発
図2:Trajanのマニュアルページ。(抜粋)ルーチン一覧から使用する関数を選択すると、各関数の詳しい説明を読むことができる  TrajanはMD、モンテカルロ法、量子化学計算などで得られたデータから、揺らぎや構造情報を得る事を目的とする生物物理、理論化学分野における解析、データ処理のためのライブラリ群である。特にタンパク質などの生体内分子におけるシミュレーションから得られたデータの解析(例えば、距離や二面角などの構造情報や揺らぎや時間相関関数などの動的情報)、処理に特化した機能を持つ。 また、このソフトウェアはライブラリ形式となっているため、コンパイル時にリンクすることにより、 これらの解析ルーチンを関数として使用者のプログラム(Fortran、C、C++)から呼び出すことが可能となっている。 また、一部のルーチンにおいてはperlモジュールでの提供も可能となっている。平成22年度は、主に以下の機能を追加した。
  1. Q値解析などタンパク質の構造情報を与えるルーチンの追加
  2. Gromacsのポータブル形式トラジェクトリへの対応
  3. perlモジュール提供範囲の拡大
  4. マニュアル、チュートリアルの追加(図2)


3.Rasの構造変化と揺らぎについて 図3:各状態での構造およびそれらを用いた主成分解析から予想されるヌクレオチド交換過程の中間構造。GDP結合型(青)とGTP結合型(赤)の中間状態(桃)はstate 1の構造に類似している。
 活性なGTP結合型、GDP結合型、さらに不活性なGTP結合型(state 1。GTPが水素結合を形成しているものおよび水素結合していないものの2種類の構造をモデリングにより予測)に関するMD計算を行い、それらの状態における構造変化を調べた結果、state 1ではThr35とMg2+との配位が消失し、エフェクターとの結合に重要なスイッチ領域が開いた構造を取ることにより揺らきが増大し、エフェクターとの結合能の低下に繋がることを明らかにした。
 また、GDP結合状態からGTP結合状態へのヌクレオチドの交換過程がどのように進行するかについても検討した。この構造変化は非常に遅く、通常のMD計算での解析が不可能である。そこで、我々は複数の状態の構造に関する主成分解析を行い、GDP型からGTP型へのヌクレオチドの交換過程がstate 1を経て起きることを予測した。(図3)この解析は、従来単なる休止状態であると考えられてきたstate 1がGDP結合型からstate2への変換過程の中間状態として細胞増殖に重要な役割を担っていることを示している1。GDP型からGTP型へのヌクレオチドの交換過程はGTPの加水分解と同様に、Rasの機能の発現および癌化において重要な過程である。実験研究を含めた今後のRasのサイエンスおよびその応用研究に興味が持たれる。


【参考文献】
1. C. Kobayashi and S. Saito, Biophysical J. 99, pp3726-3734, (2010).



*出典:ナノ統合第5回公開シンポジウム要旨集より。
 掲載に際しては小林千草氏、斉藤真司教授のご了承を得ています。



斉藤研究室ホームページへのリンク: http://dyna.ims.ac.jp/

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