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振動和周波分光計算のための振動かつ分極水モデルの開発


(東北大院理)○石山達也、森田明弘


1.はじめに
水は,物理,化学,あるいは生命科学において最も基本的な物質のひとつであり,今まで分子シミュレーションの分野で様々なモデルが提案され,それを用いて多くの研究が成されてきた.現在広く用いられている水モデルとしては,BerendsenによるSPC系のモデルやJorgensenによるTIP系のモデルがあげられるが,これらは皆,剛体-非分極モデルである.これらのモデルは液相における溶媒効果を記述するモデルとしてかなり成功しているモデルであるが,振動スペクトル計算,とりわけ我々のグループが現在精力的に取り組んでいる振動和周波スペクトル計算では,より高度なモデルが必要となる.これは,和周波スペクトル計算には遷移双極子モーメントや遷移分極率の情報が必要となるためであり,分子シミュレーションでは分子振動とともにその双極子モーメントと分極率の変化を正しく記述できるモデル(振動かつ分極モデル)が要求される.このようなモデルは今まであまり報告されておらず,和周波スペクトルを計算するためには分子の振動かつ分極モデリングを行う必要がある.今回,我々は主に水溶液界面構造と和周波スペクトルを計算することを目的とした新しい振動かつ分極水モデルの開発を,森田らにより開発されてきたCharge Response Kernel(CRK)理論[1]に基づいておこなった.CRKモデルは分子上のサイトに外場により揺らぐ電荷を配置するモデルであり,揺動電荷(fluctuating charge)モデルのひとつであるといえる.CRKモデルを用いるメリットとしては,電子状態計算による一意的なモデリングが可能であり,より複雑で大きな分子に対しても適用しやすいことがあげられる.今回開発した水モデルは,過去の水モデルのいくつかの欠点を克服したのでそのことについて報告したいと思う.


2.結果と考察
過去の水モデル,特に振動モデルの欠点のひとつとして,凝縮相中における∠HOHが気相中における値と比較してモデルでは小さくなるが,実験やDFT計算では大きくなることがあげられる.Xantheasら[3]は,分子のコンフォメーションに依存した双極子モーメントと分極率を導入することによりこの欠点を克服した.我々のモデルにも双極子モーメントと分極率のコンフォメーション依存性が取り込まれており,実際104.52°(104.52°) in gas phaseから106.65°(106.06°) in liquid phaseに変化する(括弧は実験値). 双極子モーメントと分極率のコンフォメーション依存性を取り入れると何故このようなことが起こるかについて調べるために,CRK理論に基づき水分子のサイト電荷とH-Oのボンド分極率を定義し,それらのH-O-H角の依存性を計算したところ,両者ともH-O-H角の増加関数であることが分かった[2]. この結果は,凝縮相中で水分子はH-O-H角を広げた方が安定であることを示している. また,単位角度あたりの電荷と分極率によるエネルギー変化を調べたところ,分極率の方が安定化に大きく寄与することが分かった. これは分極率のコンフォメーション依存性を取り入れることがモデルの欠点を克服する上で重要であることを示している.
過去の振動かつ分極モデルのもうひとつの欠点は,界面における2次の非線形感受率χ(2)の計算と実験の違いから明らかとなった.図1は計算されたχ(2)の実部(青)と虚部(赤)であり,(a)は従来の振動かつ分極モデルで計算した結果,(b)は新しく修正したモデルの結果である [修正した部分についての詳細は文献[4]を参照] . 両者とも大きな違いはないが,丸で囲まれた部分[Im[χ(2)]]に関して(b)の方が正の値になっており,この結果は実験[5]に近い.この部分の帰属に関しては,実験グループの間でかなり論争[6]があったが,本研究によりそれが解決された[2,4].


参考文献図1:  X(2)の計算結果.(a)はモデル修正前 (b)はモデル修正後
[1] A. Morita, S. Kato, J. Am. Chem. Soc., 119, 4021
   (1997). T. Ishida, A. Morita, J. Chem. Phys.,
   125, 074112 (2006).
[2] T. Ishiyama, A. Morita, J. Chem. Phys., 131,
   244714 (2009).
[3] G. S. Fanourgakis and S. S. Xantheas, J. Chem.
   Phys., 115, 5115 (2002).
[4] T. Ishiyama, A. Morita, J. Phys. Chem. C, 113,
   16299 (2009).
[5] N. Ji, V. Ostroverkhov, C. S. Tian, Y. R. Shen,
   Phys. Rev. Lett., 100, 096102 (2008). C. S. Tian,
   Y. R. Shen, J. Am. Chem. Soc, 131, 2790 (2009).
[6] C. S. Tian, Y. R. Shen, Phys. Rev. Lett., 101,
   139401 (2008). M. Sovago, R. K. Campen, G. W. H.
   Wurpel, M. Muller, H. J. Bakker, M. Bonn, Phys.
   Rev. Lett., 101, 139402 (2008).



*出典:ナノ統合第4回公開シンポジウム要旨集より。
 掲載に際しては石山達也助教、森田明弘教授のご了承を得ています。



東北大学大学院理学研究科化学専攻 計算分子科学研究室HPへのリンク:
 http://comp.chem.tohoku.ac.jp/index.html

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