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エネルギー問題への計算科学からの挑戦
―バイオマスエタノールの有効活用を目指して―

研究グループ名: 平田グループ (分子研)



 現在、私達の生活は化石燃料を利用することで成り立っています。しかし化石燃料には(1)枯渇の問題、(2)地球温暖化などの環境問題など人類の存亡に関わる問題が指摘されています。さらに、その供給源が地球上の限られた地域に集中していることからしばしば国際紛争の原因にもなっています。このような状況から脱却するためには、環境に優しく半恒久的なエネルギー源を確保することが必須です。そのエネルギー源として最も有力視されているのが植物の光合成です。光合成は太陽エネルギーを効率良く利用している自然現象であり、もし、このエネルギーで化石燃料を置き換えることができれば、人類は半恒久的なエネルギー源を確保することになります。しかしながら、植物が蓄えた「澱粉」や「砂糖」のような「食べられる部分」からアルコールを取り出し、それを燃料として利用すると、「食料価格の高騰」という別の国際的な社会問題を引き起こすことになります。そこで、我々は植物の食べられない部分(セルロースやリグニン)を燃料として利用しなければなりません。(図1)セルロースを燃料として利用する利点の一つはこの物質がすべての植物に普遍的に含まれていることです。これは地球上のほとんどすべての地域に降り注いだ太陽エネルギーを利用できることを意味します。一方、セルロース(リグニン)を化石燃料に代わるエネルギーとして利用するためには多くの技術的課題が残されています。

図1. バイオエタノールをエネルギー源としたエネルギーサイクル
図1. バイオエタノールをエネルギー源としたエネルギーサイクル


 米や麦などの穀類や砂糖からアルコール醗酵を通じてエタノールを作り出す技術は有史以前から確立していますが、セルロースからアルコールを作り出す技術は未だ確立していないというのが現状です。これは我々人類がセルロースからエタノールを生み出せないということではなく、費用対効果さらには環境に優しい新技術の開発が必要だということを意味しています。セルロースからエタノールを生成するプロセスは大きく2段階に分けられます。その第1段階は高分子であるセルロースを単糖類に分解するプロセス(加水分解反応)です。第2段階は単糖類からエタノールを生成するプロセス(発酵)です。特に我が国では第2番目のステップである発酵技術は世界トップクラスですから、それを利用することができます。そうすると私達がやらなければならないのはセルロースを単糖類に分解するプロセスを効率良く行う技術を開発することです。そこで、私達は計算機という道具を使ってセルロースを単糖類に分解するプロセスを解明し、効率良く分解できる方法を見出すことを目標にして研究を進めています。ここでは、私達が実際に行なってきた研究の成果を簡単に紹介したいと思います。


 私達の研究グループでは溶液化学の観点から様々な化学現象を統計力学に基礎を置く積分方程式理論、特にRISM理論を用いて明らかにしてきました。私達の方法は溶媒を個々の分子の形を考慮した分布(動径分布関数)としてとらえることによって、人が持つ恣意性や思い込みを排除して基質の周りの溶媒の様子を的確にとらえることが出来ます。

図2. セルロースの加水分解の反応機構
図2. セルロースの加水分解の反応機構

 セルロース分解酵素の酵素反応のように加水分解反応の場合、溶媒分子である水自身が直接反応物として反応に参加するので水が「どこに、どのように存在しているのか」ということが非常に重要になってきます。この反応の機構(中間体)について二つの対立するモデルが実験家によって提案されています。ひとつは、従来、もっともポピュラーなモデルで「立体反転機構」と言います。一方、他のモデルは三重大学の苅田准教授が提案しているモデルで「立体保持機構」と呼ばれています。これらの反応機構のどちらが正しいかは水分子の位置によって判断することができます。 (図2) 従来の計算方法では、反応に関与すると考えられる水分子を反応の進行に対して都合の良いところに置いてから計算を行ないますので、どんなに精度の高い計算を行なったとしても任意性が残ってしまいます。先程、RISMを用いた方法ではこのような任意性が全くないことを強調しました。それでは早速、RISMを使った計算結果を示します。(図3)


図3. セルロース分解酵素 Cel44A のクレフト内にセルロースが捕捉された複合体の周辺の水の分布
図3. セルロース分解酵素 Cel44A のクレフト内にセルロースが捕捉された複合体の周辺の水の分布:黄色の点は水の酸素の分布示し、中央の白い化合物がセルロース





 図3はセルロース分解酵素の一つであるCel44Aという酵素とセルロースの複合体についてRISM計算を行なった結果です。この酵素の場合、従来の見解では、図2で示した立体反転型の反応機構(inverting process)で加水分解が進むと考えられていましたが、最近三重大学の苅田准教授ら研究グループによって立体保持型の反応機構(retaining process)で反応が進むことが証明されました。この実験結果を我々の方法が正しく再現できているかどうかを検証してみたいと思います。(図4)


図4. 反応中心付近の拡大図(a)。 (b)セルロースを隠して表示させた図。
図4. 反応中心付近の拡大図(a)。 (b)セルロースを隠して表示させた図。図に示した緑の分布が加水分解反応に関与していると推定される水の存在位置。




 図4は図3の反応中心付近を拡大して示したものです。図4から加水分解反応に関与すると考えられる水の存在が確認できました。(図3および図4の中で、黄色で示してあるのが酵素内の水分子の分布。その内、際立って高い分布を緑で示してある。) セルロースがクレフト内(酵素に存在する凹みであり、ここにセルロースが捕捉され反応が進む)に捕捉されることによってはじめて加水分解反応が起ります。図4(b)に示された緑色の分布は加水分解反応に関与していると推定される水の酸素の存在位置です。この水とグルタミン酸(186と359)のカルボニル酸素までの距離が2.668Å、3.1737Åであることからこの水分子はグルタミン酸と水素結合を形成していること、および活性中心のふたつのグルタミン酸のガルボキシル基間の距離が5.7Å(グルタミン酸と水の距離の和)より短いことから図2に示したような反転の機構(inverting process)を経由して反応が進むとは考えられないのです。いいかえますと、図2にあるように立体反転に関与する水の存在は図4の結果から否定されるということです。この結果から我々はCel44Aによるセルロースの加水分解反応の反応機構は立体保持(retaining process)であるとの結論を導きました。ここで最も注目していただきたいのは、今回の計算によって明らかにされた水の位置は一切の先入観を排除して得られた結果だということです。この結果を踏まえて電子状態計算(FMO-RISMなど)を行なうことによって、より詳細に反応機構そのものを解析できるようになります。これが私達の当面の課題になっています。


 最後に、今回の研究結果は酵素反応に関するほんの序の口に過ぎません。今後の課題として実際の反応課程を詳細に追っていくことが必要です。本研究のような地道で着実な努力を積み重ねることによっていずれバイオマスエタノールをエネルギー源とする活路が見出せると確信しています。さらに、我々の方法以外に溶媒に関する自然のありのままの姿を明らかにできる方法は存在しないということも最後に強調させていただいて締め括りたいと思います。


(筆者)生田靖弘・平田文男(分子研)





平田研究室ホームページへのリンク: http://daisy.ims.ac.jp/

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