次世代ナノ統合                           シミュレーションソフトウェアの研究開発
次世代ナノ統合                           シミュレーションソフトウェアの研究開発
トップページ
               

モンテカルロ法による量子磁性体のシミュレーション
―不確定性原理と乱れに支配される世界を計算機の中に再現する―

研究グループ名: 藤堂グループ (東大院工)
キーワード: 量子磁性体、量子モンテカルロ法、乱雑さ



 高温超伝導、金属絶縁体転移などの身の回りのさまざまな物性現象は、固体中の電子が協調して運動したり、あるいは互いに強く干渉することにより引き起こされます。強磁性体などの示す磁性現象もまた、電子のもつ磁気モーメント(スピン)が巨視的なスケールで、ある特定の方向に揃うことにより生じます。しかしながら、実際には一つ一つの電子の持つ磁気モーメントは非常に小さいため、それぞれのスピンを単なる小さな棒磁石として考えることはできません。ハイゼンベルグの不確定性原理により、スピンはある確定した方向を指すのではなく、量子的にゆらいだ状態、すなわち複数の状態の重ね合わせとなっています。多数のスピンの協働現象を理解するには、このような量子力学的効果を正しく考慮に入れることが必要不可欠です。


 この量子ゆらぎの効果は、細い棒状や薄い膜状の磁性体、あるいはナノスケールの微粒子などにおいて特に顕著です。これらのいわゆる低次元量子磁性体においては、物質の形状効果が特に強く、またしばしば、量子ゆらぎによりスピン同士が共鳴し、絶対零度においてさえ互いに揃うことのできない状態が実現します。この状態を「スピン液体」と呼びます。スピン液体状態は通常の強磁性状態とは極めて異なった特性を示します。例えば、外部から強い磁場を加えると、磁場とは垂直な方向に古典的な磁気秩序が出現します(磁場誘起長距離秩序)。さらには、磁気モーメントを持たないイオンなどの不純物を混ぜると、通常の強磁性体では全体の磁気モーメントは減少しますが、スピン液体の場合には逆に磁気秩序が出現することが実験的にも示されています(不純物誘起長距離秩序)。これらは、外部磁場や磁気不純物が量子共鳴状態を壊すことにより、かえってスピンが古典的に揃いやすくなるために起こる現象です。


 量子ゆらぎと乱れの複雑な競合・共存により生じる物性現象の本質を理解するには、コンピュータシミュレーションが非常に重要な役割を果たします。しかしながら、現在使われているコンピュータのビットは、0もしくは1の確定した状態しか表現することができません。「古典コンピュータ」で「量子状態」を表現するために、私達は虚時間経路積分という手法を用いています。これは、個々のスピンを単一のビットではなく、多数のビットを用いてそれらの重ね合わせで表現するものです。すなわち、通常の空間次元に加え、もう一つ「奥行き」を加えるのです。この新たに追加された次元は虚時間と呼ばれます。計算機の内部では、この四次元空間内に配置したスピンをシミュレーションしています。また、乱数を用いて重要な状態だけを確率的に抽出することにより、計算時間やメモリ使用量を劇的に削減することが可能となります。この虚時間経路積分と乱数を用いたシミュレーション手法は一般に「量子モンテカルロ法」と呼ばれますが、特に私達が用いている「連続虚時間ループアルゴリズム量子モンテカルロ法」は、量子磁性体のシミュレーション手法のうち現在最も強力なものの一つです。


 私達は量子モンテカルロ法を用いた大規模シミュレーションにより、スピン液体状態に対する不純物の効果を詳細に調べました。その結果、スピンを持つ磁性イオンを非磁性不純物でランダムに置換(サイト希釈)する場合と、磁性イオン間に存在する非磁性イオンを別の非磁性イオンで置換(ボンド希釈)する場合とでは、定性的にも異った振舞いが出現することが明らかとなりました。不純物を導入すると、サイト希釈、ボンド希釈いずれの場合も不純物まわりに磁気モーメントが誘起されます(図上段)。しかしながら、それら磁気モーメント間の相関は、サイト希釈とボンド希釈とでは全く異なっていることが分かります(図下段)。前者では互いに強い相関が見られるのに対して、後者では最も近い磁気モーメントとの相関以外、全く相関が見られません。これは、ボンド希釈の場合、不純物の両側に磁気モーメントが必ず二つ一組で誘起されるためだと理解されます。量子共鳴状態から開放された磁気モーメントは、最も近くの磁気モーメントと再び共鳴状態を形成することになります。このため古典的な長距離秩序形成には寄与しないのです。


 これ以外にも、量子磁性体、電子系などのいわゆる量子格子模型では、格子構造(原子の幾何学的配置)、相互作用の強さや到達距離、またその異方性の強さなどによりさまざまな新物性・新機能が期待されます。実験的にも近年さまざまな物質が合成されるようになってきました。複雑な量子格子模型に対する大規模な計算機シミュレーションを実現するため、私達はALPS (Algorithms and Libraries for Physics Simulation)プロジェクトを推進しています。このプロジェクトでは、オープンソースのC++ライブラリを開発しています。ALPSを用いることにより、格子構造や相互作用をXML (eXtended Markup Language)を用いて柔軟かつ効率良く定義することが可能となります。さらに、量子モンテカルロ法だけでなく、厳密対角化や密度行列繰り込み群といったアルゴリズムを用いたシミュレーションも可能となっています。現在、「最先端・高性能汎用スーパーコンピュータの開発利用プロジェクト 次世代ナノ統合シミュレーションソフトウェアの研究開発」において、10ペタフロップス級の次世代スーパーコンピュータの能力を十分に発揮できる中核アプリケーション「大規模並列量子モンテカルロ法」の開発を進めています。


プログラム名: ALPS Library、ALPS/looper Library

計算手法: 連続虚時間ループアルゴリズム量子モンテカルロ法

使用した計算機: SGI Altix3700 (東大物性研)

計算規模: 64ノード、総計算時間 約5万時間

参考文献:
- S. Todo and K. Kato, "Cluster Algorithms for General-S Quantum Spin Systems", Phys. Rev. Lett. 87, 047203 (2001)

- C. Yasuda, S. Todo, and H. Takayama, "Bond-Dilution-Induced Quantum Phase Transitions in Heisenberg Antiferromagnets", J. Phys. Soc. Jpn. 75, 124704 (2006).

- A.F. Albuquerque, F. Alet, P. Corboz, P. Dayal, A. Feiguin, L. Gamper, E. Gull, S. Gürtler, A. Honecker, R. Igarashi, M. Körner, A. Kozhevnikov, A. Läuchli, S.R. Manmana, M. Matsumoto, I.P. McCulloch, F. Michel, R.M. Noack, G. Pawlowski, L. Pollet, T. Pruschke, U. Schollwöck, S. Todo, S. Trebst, M. Troyer, P. Werner, S. Wessel (ALPS collaboration), "The ALPS project release 1.3: open source software for strongly correlated systems", J. Mag. Mag. Mat. 310, 1187 (2007).

不純物誘起相転移のモンテカルロシミュレーション結果

図の題名: 不純物誘起相転移のモンテカルロシミュレーション結果。
        サイト希釈(左)およびボンド希釈(右)により誘起された磁気モーメント(上段)と
        それら磁気モーメント間の相関(下段)。


藤堂研究室ホームページへのリンク: http://todo.ap.t.u-tokyo.ac.jp/

前へ先頭へトップページ

分子研マーク 分子科学研究所
次世代スーパーコンピュータプロジェクト ナノ統合拠点事務局
*このページ内の著作権はすべて分子科学研究所に属します。無断転載等は一切お断りいたします。